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2018/12/06

自然は自然・アートはアート

12月となるとどうしてもこの1年のあれこれを振り返ることが多くなります。日々いろんなことを考え感じていてもつい忙しさにかまけてインスタ投稿でサクサクっと済ませてしまうことも多く、慌ただしくてもこの時期だからこそ、いろいろと綴ってみたいと思います。

5月に久しぶりにNYに出かけたことはここでもアップしました。もちろんアートの刺激を存分に受けた訳ですが、ちょっと心に残ったことについて、、、最終日に一緒に過ごしたまりちゃんと次はどこに行きたいという話になりました。それぞれ今度はここかな~とあれこれ好きなこと言ってたのですが、秘境と言われるところに訪ねていって感動はどのくらいなんだろうという話になりました。昨今SNSで画像や情報も存分に見たり集めたりすることができ、ましてやドローンで撮影した映像なんかを見てしまうとすごいって思いますよね。本当にそこにいたとしてもそんな風には見ることはできないから、同じように感動できるのかなって。当然感動はしまくるけど予想以上にするかどうかわからないよね、と。そうなると秘境と言われる特別な場所でなくても、だれも知らないであろう場所に感動を覚えるかもしれないという結論になりました。つまり既視感のないどこか。そして手つかずならぬSNSつかずの場所。

その話をしながNY初日に訪れたDia Beaconでの出来事を思い出していました。もちろんそこだって散々SNS上で知ってはいたけれど、空間に入った途端なんとも言えない感情に包まれて感動という言葉で表すことができないくらいの心揺さぶられる気持ちになったことを。その瞬間私にとってのアートはこういうことなんだと悟りました。”人の作った”空間に置かれた”人の作った””作品ではあるけれどその空気感には特別なものがあって、自然を見て感動するのとは別の次元であるけれど時折同じくらいの感動を人に与えることができるんだと。そう考えるとかつて観た記憶に残る展示の数々は単に「あ~すごかったな~」とかではなくその鳥肌具合、つまり体感としてで覚えてる気がします。自然は受け身でいても感動はできるけれどアートは受け身では真に感動できないのです。

もう一つ何年も前に同じくNYでの出来事で忘れられないエピソードがあります。一緒に美術館巡りをしていた大西伸明氏が窓越しの風景を見ながら「自然にはどうしたってかなわないんだよな」とポツリと言ったこと。ご本人は覚えておられないかもしれない(笑)でも本当にそうなんだな~ともその時思いました。よく「自然が織りなすアート」なあんてフレーズをよく聞きますが、その度に「自然は自然でアートはアートでしょうが、、、」と心の中で軽くツッコミます。その表現なんとなく私には耳障りなんです。自然にだってアートにだって失礼だと本気で思っちゃう(笑)

私自身お客さまやいろんな方から現代アートってどのくらいの範囲まで含まれるんでしょう?と聞かれることがあります。工芸は?器は?その答えは本当に難しくてまともに答えられたことがありません。本来の区別はガチの美術関係者に委ねるとして、私の中での解釈は上に述べたことかなと思います。自然と同じくらいのレベルで心振るわせられたら”アート認定”!!!

今日のお話バラバラなようで私の中では繋がってるの。高校生の時国語の時間で天声人語のパラグラフをばらばらにしたものを正しく並べ替えるって授業があったけど今日の私のブログはどう並べてもOKなくらい支離滅裂(笑)

ま、そんな日もあるさ。。。チャオ!







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