「そうでしょ、そうでしょ」の気持ち
このブログを始めた頃は自分の本の趣味を公開するのをずっと避けていました。「何を読んでいるのか」は「その人がどんな人であるか」と密接に関っています。なので本を紹介すること=無防備に内面をさらすことのような気がして恥ずかしかったんですね。ところがブログやインスタグラムを長らく続けていると、なんかもういっか、て。もうどんな人かわかってもらえてるだろうし、歳も重ねてきて自分のことを必要以上に良く思ってもらいたいなんていう欲もとっくになくなってるし。ましてや本の中ではシューズクロークまで披露しちゃってますもんね、もう怖いものなし!(笑)
さて先日新幹線の車内で読もうと軽めの対談集をばばっと買って乗り込みました。ところがこの対談集ことの他”重く”ズシリとしていました。キョンキョンのエッセイってわりと好きで「パンダのanan」とかも読んでたんだけど、この対談集を読んでやっぱりキョンキョンすごいな~と”改めて思いました。何がすごいって舞台やライブをものすごく観て研究してるってこと。

もちろん対談相手もすごい面々なんですが、どの人とも互角に話せて「あ~あの舞台観ました」とか投げられたボールをほとんど素手でキャッチしててしっかりボール返してて、ほんとすごい。
そんな中私が一番感銘した箇所は片桐はいり氏との対談でプロデューサーとしても活動を始めたキョンキョンがこう言うところ。
”役者さんでも作家でも、素敵な人がいっぱいるんだとわかってくると「世の中に知らしめたい!」みたいな気持ちになるというか。紹介して「初めて見たんですけど、すごく好きになりました」的な感想をもらうと「ほら見ろ!」ってスカッとする(笑)。”
その後続けて同世代から下の年代の自分のファンに「もっとこういう方面に興味を持ってもいいんじゃない?」という提案のつもりで、、、云々とありました。
これを読んだとき「わ~!すごくわかる!」て膝を打つような感覚を覚えました。もちろん天下のアイドルであり、才能あふれる方と一緒にするのはどうかとは重々承知であえて言いますが、私が自分の好きなアートや作家を紹介する時もちょっと同じ感覚だなと思ったんです。「奥村さんの紹介するアートすごく好きになりました」て言われて感じることがとても似ている。もちろん私は凡人なんで「ほら見ろ!」と言っては到底許されませんが、「そうでしょ、そうでしょ」とは呟いちゃう(笑)
それとワタシと同世代、もしくはちょっぴりお姉さま、はたまたうんと年下の周りのセンスあふれる女性たちに、アートと暮らすという未知なる楽しいことを提案したいと考えてるところもなんかも似てる気がするなって。舞台や俳優というワードをアートや展覧会に置き換えてみるとそのまま使えるっていう感じ。
そういう発信を続けていくことはとても重要なことだと思うのですが、残念ながらギャラリー側からは一般の”潜在的アートラバー”(アートビギナー一歩手前)に対しては発信してくれません。やはりまだまだ「わかるひとだけでいいよ」て立ち位置のように思います。そろそろ一緒の想いで私に協力してくれるギャラリーが増えてきて欲しいと心から願っているのですが、それって本当に難しい。なにより私の趣味と合致するギャラリーが少ないということもあります。でもそこはなんだろ、本当に私の個人的な趣味の問題で「世界的に活躍するアーティストだから」とか「賞を取ったからとか」とか「海外の市場で高値で取引きされている」といった価値観とは別のところにある問題なんです。本当にただひたすら私の好み”奥村フィルターを通した作品”そう意味で少ないっていうことで、、、(決して上から目線というわけではなく、むしろいっつも下からで謙虚なんですよ、ワタシ)
という訳で結局のところ私は私のアート選びの世界観に共感してくれる人を少しずつ増やしていくしかないんだと思います。いつか大きなムーブメントになると信じて、、、(やはり奥村教なのか、教祖なのか、、、)
一冊の対談集を読んでここまでの妄想に発展するのは私の妄想力がすごいのか、キョンキョンがすごいのか、、、間違いなく後者ですね。
さて先日新幹線の車内で読もうと軽めの対談集をばばっと買って乗り込みました。ところがこの対談集ことの他”重く”ズシリとしていました。キョンキョンのエッセイってわりと好きで「パンダのanan」とかも読んでたんだけど、この対談集を読んでやっぱりキョンキョンすごいな~と”改めて思いました。何がすごいって舞台やライブをものすごく観て研究してるってこと。

もちろん対談相手もすごい面々なんですが、どの人とも互角に話せて「あ~あの舞台観ました」とか投げられたボールをほとんど素手でキャッチしててしっかりボール返してて、ほんとすごい。
そんな中私が一番感銘した箇所は片桐はいり氏との対談でプロデューサーとしても活動を始めたキョンキョンがこう言うところ。
”役者さんでも作家でも、素敵な人がいっぱいるんだとわかってくると「世の中に知らしめたい!」みたいな気持ちになるというか。紹介して「初めて見たんですけど、すごく好きになりました」的な感想をもらうと「ほら見ろ!」ってスカッとする(笑)。”
その後続けて同世代から下の年代の自分のファンに「もっとこういう方面に興味を持ってもいいんじゃない?」という提案のつもりで、、、云々とありました。
これを読んだとき「わ~!すごくわかる!」て膝を打つような感覚を覚えました。もちろん天下のアイドルであり、才能あふれる方と一緒にするのはどうかとは重々承知であえて言いますが、私が自分の好きなアートや作家を紹介する時もちょっと同じ感覚だなと思ったんです。「奥村さんの紹介するアートすごく好きになりました」て言われて感じることがとても似ている。もちろん私は凡人なんで「ほら見ろ!」と言っては到底許されませんが、「そうでしょ、そうでしょ」とは呟いちゃう(笑)
それとワタシと同世代、もしくはちょっぴりお姉さま、はたまたうんと年下の周りのセンスあふれる女性たちに、アートと暮らすという未知なる楽しいことを提案したいと考えてるところもなんかも似てる気がするなって。舞台や俳優というワードをアートや展覧会に置き換えてみるとそのまま使えるっていう感じ。
そういう発信を続けていくことはとても重要なことだと思うのですが、残念ながらギャラリー側からは一般の”潜在的アートラバー”(アートビギナー一歩手前)に対しては発信してくれません。やはりまだまだ「わかるひとだけでいいよ」て立ち位置のように思います。そろそろ一緒の想いで私に協力してくれるギャラリーが増えてきて欲しいと心から願っているのですが、それって本当に難しい。なにより私の趣味と合致するギャラリーが少ないということもあります。でもそこはなんだろ、本当に私の個人的な趣味の問題で「世界的に活躍するアーティストだから」とか「賞を取ったからとか」とか「海外の市場で高値で取引きされている」といった価値観とは別のところにある問題なんです。本当にただひたすら私の好み”奥村フィルターを通した作品”そう意味で少ないっていうことで、、、(決して上から目線というわけではなく、むしろいっつも下からで謙虚なんですよ、ワタシ)
という訳で結局のところ私は私のアート選びの世界観に共感してくれる人を少しずつ増やしていくしかないんだと思います。いつか大きなムーブメントになると信じて、、、(やはり奥村教なのか、教祖なのか、、、)
一冊の対談集を読んでここまでの妄想に発展するのは私の妄想力がすごいのか、キョンキョンがすごいのか、、、間違いなく後者ですね。
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