allier Art adviser KUMI OKUMURA

CONCEPT

美しく暮らしお気に入りのアートを飾り、季節や気分でしつらいを変える。ファッションだけ、グルメだけ、そんなの寂し過ぎます。衣食住、そしてアート、どれも絶対ゆずれません。
“LIFE IS ART”を実践する奥村くみのライフスタイルを通じて、アートのある生活の豊かさをお伝えできればと思います。

PROFILE

奥村 くみ

アートアドバイザー

インテリアデザイン事務所アシスタントを経て、大手住宅メーカーインテリアコーディネーターとして、数多くの個人宅、医院、モデルハウスなど手がける。2004年より現代アートとインテリアの融合をめざしてアートアドバイザーの仕事を立ち上げ現在に至る。

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アートアドバイザー【奥村くみ】のダイアリー。
衣食住、そしてアート。こだわりの日々を綴ります。

アートを買うということ

先日購入した作品が届きました。金木犀がモチーフの作品で来年の花の時期まで飾るのはお預け。今からとても楽しみです。

私がアートを購入するのにはいくつかの理由があります。まずは理由とか訳とか関係なくアートが大好きだから。そして気に入ったから(もちろん私のお財布事情で買えるという条件の元)。今では洋服を買うよりアートを買う方が抵抗なくお金を出せるようになりました。

2つ目は作品を買うという行為で作家を応援したいからです。現代アートの定義はいろいろあれど、私にとっての現代アートはまさに今生きてる作家の生み出すアート。今美術館で観る古典的な絵画も当然その当時の現代アートだったわけです。そう思うと自分の生きている時代に作家を応援するということは、これからの世代のためにギフトを用意しているように思えるのです。もちろん買った作品が美術館に飾られるということは難しいけれど、大きな視野でとらえればそういうこと。そう考えるとギフトそのものではなくともせっせと包んだりリボンをかけたり、そんな地味な作業を請け負っているような気分になることがあります。

3つ目はこれは私特有だと思うのですが、アートを買う人の気持ちを忘れないようにするためです。例えば10万円のアートというとアート業界からすれば大きな金額ではないかもしれません。けれど10万円といえばそこそこの金額です。その辺り私も段々麻痺してくることがあります。でもその10万円をファーストピースに使ってくださるお客様の不安やドキドキを絶対わすれてはいけないと思うのです。なので作品を買うということは高いものをお売りしているという自分の立場を絶対忘れてはいけないと気を引き締める行為でもあるのです。

アートを扱うようになり、さらにはフェアを開催するようになってから、インテリアコーディネーターをしていた時の接遇マナーがとても役に立っています。(たくさんのお客様が重なった時対応が手薄になって失礼をしていることもあるかと思いますが💦)そのマナーはここで言うほどのことでもないくらい基本的なことです。でもそれを守らないとお客様がとても不愉快になられる危険性だってあります。私は自分がずっと接客業だったのでとっても気になる。逆の立場だったら「高価なものを売っているのにこんな態度!」なあんてキレるだろうな~といつも自分基準ではありますがマナーを守るようにしています。フレンドリーと慣れ慣れしいのは全然違うし、ジョークも一歩間違えれば命取り。特に関西ではウイットにとんだ会話(お笑いともいう?笑)も必要となってくるのでその辺りコーディネーター時代の経験がすごく役立ってると感じることがあります。

逆に作品を購入した際にとても丁寧に対応してもらうと「よ~し、私も真似するぞ!」と自分がとても気持ちよく作品を買い求めた経験を次に生かすようにしようと心に誓ったり、、、お客様の立場になって考えるには自分が作品を買わないと無理なんです。

今年を振り返り、きちんと作品をお渡しできる自分でいただろうかと自分に問いかけると私の答えは「まだまだ」。そんな反省もいろいろありつつの12月ですが、ふふ、また買っちゃった。。。

アートは直感で買うべし

だれの教えか、、、奥村アート教教祖のお言葉です。

2018.12.17 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 未分類

自然は自然・アートはアート

12月となるとどうしてもこの1年のあれこれを振り返ることが多くなります。日々いろんなことを考え感じていてもつい忙しさにかまけてインスタ投稿でサクサクっと済ませてしまうことも多く、慌ただしくてもこの時期だからこそ、いろいろと綴ってみたいと思います。

5月に久しぶりにNYに出かけたことはここでもアップしました。もちろんアートの刺激を存分に受けた訳ですが、ちょっと心に残ったことについて、、、最終日に一緒に過ごしたまりちゃんと次はどこに行きたいという話になりました。それぞれ今度はここかな~とあれこれ好きなこと言ってたのですが、秘境と言われるところに訪ねていって感動はどのくらいなんだろうという話になりました。昨今SNSで画像や情報も存分に見たり集めたりすることができ、ましてやドローンで撮影した映像なんかを見てしまうとすごいって思いますよね。本当にそこにいたとしてもそんな風には見ることはできないから、同じように感動できるのかなって。当然感動はしまくるけど予想以上にするかどうかわからないよね、と。そうなると秘境と言われる特別な場所でなくても、だれも知らないであろう場所に感動を覚えるかもしれないという結論になりました。つまり既視感のないどこか。そして手つかずならぬSNSつかずの場所。

その話をしながNY初日に訪れたDia Beaconでの出来事を思い出していました。もちろんそこだって散々SNS上で知ってはいたけれど、空間に入った途端なんとも言えない感情に包まれて感動という言葉で表すことができないくらいの心揺さぶられる気持ちになったことを。その瞬間私にとってのアートはこういうことなんだと悟りました。”人の作った”空間に置かれた”人の作った””作品ではあるけれどその空気感には特別なものがあって、自然を見て感動するのとは別の次元であるけれど時折同じくらいの感動を人に与えることができるんだと。そう考えるとかつて観た記憶に残る展示の数々は単に「あ~すごかったな~」とかではなくその鳥肌具合、つまり体感としてで覚えてる気がします。自然は受け身でいても感動はできるけれどアートは受け身では真に感動できないのです。

もう一つ何年も前に同じくNYでの出来事で忘れられないエピソードがあります。一緒に美術館巡りをしていた大西伸明氏が窓越しの風景を見ながら「自然にはどうしたってかなわないんだよな」とポツリと言ったこと。ご本人は覚えておられないかもしれない(笑)でも本当にそうなんだな~ともその時思いました。よく「自然が織りなすアート」なあんてフレーズをよく聞きますが、その度に「自然は自然でアートはアートでしょうが、、、」と心の中で軽くツッコミます。その表現なんとなく私には耳障りなんです。自然にだってアートにだって失礼だと本気で思っちゃう(笑)

私自身お客さまやいろんな方から現代アートってどのくらいの範囲まで含まれるんでしょう?と聞かれることがあります。工芸は?器は?その答えは本当に難しくてまともに答えられたことがありません。本来の区別はガチの美術関係者に委ねるとして、私の中での解釈は上に述べたことかなと思います。自然と同じくらいのレベルで心振るわせられたら”アート認定”!!!

今日のお話バラバラなようで私の中では繋がってるの。高校生の時国語の時間で天声人語のパラグラフをばらばらにしたものを正しく並べ替えるって授業があったけど今日の私のブログはどう並べてもOKなくらい支離滅裂(笑)

ま、そんな日もあるさ。。。チャオ!







2018.12.06 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 未分類

お絵描き大会

今年もたくさんの作品たちが素晴らしいお客様の元に嫁いでいきました。作品それぞれに皆様いろいろ感じ取っていただいてアートの持つ力の凄さを再認識した一年でもありました。

いろんなエピソードの中でもお子さんたちとアートをめぐるやり取りには特別に感動してしまいます。多くの大人たちが現代アートに対して苦手意識がある日本において、アートがある環境で大きくなった子供たちは必ずアート好きな大人になるんだろうなと思うとなんだかワクワクしてくるからです。

先日も素敵なお話を聴かせてもらいました。去年のART NAKANOSHIMAでミヒャエル・テンゲス作品をお買い求めいただいたI様のお宅に今年決めていただいた作品をお届けに伺った際のこと。ちなみにテンゲス作品はこのブログや私のインスタグラムでもお馴染みですよね。無数の色を厚く塗り重ねた迫力のある作品です。けれどその色の使い方は無作為ではなく多くの研究を重ねて組み合わされているためダイナミックでありながらも大変美しい。まさに静と動、強さと繊細さがキャンバス上に共存している魅力的な作品です。

そんなテンゲス作品を前に2人の小さな息子さんたちと「よし!テンゲス作品をみんなで真似してみよう!」とお絵描き大会をしたそうなんです。当然ながらものすごく難しくて全然真似できなかったとI様が笑いながら教えてくれました。このお話を伺いながら何て良いお話なのかしらとちょっと感動してしまったんです。

よくアートをお届けした際に「お子さんたちの感想を聞かせてくださいね」とお伝えします。皆さんアートを前にいろいろ話された様子を伺うと「ほほ~そう来たか!」と子供たちの素直な感性にお驚かされることがあります。でもこんな風に一歩踏み込んで頑張って模写してみるってすごく楽しいですね。ちなみに僕たちは2人共絵を描くのがとっても上手でお住まいにはキッズ作品コーナーがあるんですよ!それも素敵です。

こんな経験を積んで大きくなった時アートが苦手な大人にはならないでしょう。ましてや現代アートを前に「こんな絵うちの子供でも描けそうですね」なあんてこと言っちゃう大人には絶対なってないと断言できます!小さなお子さんがいるからアートを飾るのは無理と思わず是非生活にアートを取り入れていただきたいと思います。

ART NAKANOSHIMAではお子さんたちも同伴でどうぞといつもお伝えしています。今年から途中子供さんたちが退屈したりぐずったりしていったん外に出られても再入場できるようリストバンドをご用意しました。I様から「その気遣いが本当に嬉しくてゆっくり過ごせた」と感想をいただいて私もとても嬉しかったです。

クリスマスも近づいてきました。お届けした作品たちを前にご家族の楽しい会話が繰り広げられますよう。。。








2018.12.05 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 未分類

「白の妄想」そして「黒の妄想」

ART NAKANOSHIMAが終わってから怒涛の日々を過ごしておりこちらがちょっとご無沙汰になっておりました。そして気づくとなんともう12月!今年もカウントダウンに入りましたね。という訳で今年振り返りがてらちょこっとずつブログ投稿していきたいと思います。(にしても久しぶりのブログタイトルが怪しすぎる、笑)

今年は私の大好きな2大作家の作品を十分に堪能できた当たり年でした。それはロバート・ライマンと村上友晴氏の展覧会。1月の京都ARTOFFICE OZASAでの村上展、そして4月に訪れたファーガス・マカフリー東京でのライマン展、さらには先日足を運んだ目黒区美術館での村上展はどれもこれも素晴らしくその場を立ち去りがたい展覧会でした。特にこだわりを尽くしたファーガス・マカフリーギャラリーでのこけら落としとなったライマン展では感動のあまり鳥肌が立って涙が出そうになりました。いつもはギャラリーの敷居を高く感じるという多くの方の不安を払拭するのも私の大きな役割と思っているのですが、あそこまで完成度が高く凛とした素晴らしい空間だと「もうええねん、ええねん、どんな敷居高くても。よじ登ってでも拝ませていただきます~」てな心境になります。

どちらも自分で手に入れることは叶わぬ憧れの作家ではありますが妄想は自由。それを私は密かに「白の妄想」そして「黒の妄想」と呼んでいます。前者の白はロバート・ライマン後者の黒は村上友晴作品。両者の作品と聞くとすぐに白と黒それぞれが浮かびますよね。

ロバート・ライマンの作品を観る度に私の妄想スイッチが入り「リビングに飾るんだったらこれだな~」とか「玄関の正面はこれよね~」とその妄想がとどまることがありません。これがいわゆる「白の妄想」 我が家の内装は白とベージュでまとめているのでロバート・ライマン作品合うはず、、、いやいや合っても合わなくてもそんな問題じゃないんですけどね(笑)でもこの妄想はかなり楽しい。

”美術館で作品を観る時は自分の一番お気に入りの作品を見つけるようにしている”それは私のみならず多くの方がいろんなところで話されたり書かれたりしていることです。でも私の場合さらに具体的にどの作品を持って帰ってどこに飾るか妄想してみることをお薦めしています。結構そういった妄想訓練がいざ本当に作品を買う段になって役だったりするのです。

さて村上作品は「黒の妄想」この場合妄想はさらに加速します。「今の家じゃないんだよな~なんならもう一軒和風モダンの家建てて、カーテンとかじゃなく全部障子にして、家具はポール・ケアホルムのリッソーニソファだけにして壁にポツンと村上作品飾った羅さぞかし素敵であろう」 あ~もう止まらな~い!!!

そんな妄想で思う存分楽しませていただいた2018でした。。。


2018.12.03 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 未分類

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