音のオハナシ
*「こぉと」計画中に感じたことを様々な切り口のオハナシで綴っていきたいと思います*
一番最初は「音」のオハナシです。
計画が始まったばかりの打ち合わせでのこと。ひとともりの長坂氏が私に尋ねました。
「奥村さん、音はどうしますか?」
つまりスピーカーを設置するかどうかということです。私は即座に「音は必要ありません」と答えました。というのも私はカフェやレストランで流れるバックミュージックというものがどうにも苦手。海外のそれらのように、人々が静かに会話する音や食器の重なり合う音が混ざりあう心地の良い音で満たされる空間が、日本でも普通になればいいのにと常々思っているからです。そしてこの静かな場所では鳥のさえずりや風が緑を揺らす音、そんな自然が生み出す音を聞きながら作品に向き合ってほしいとずっと考えていました。
昔、アマンキラに滞在した時に極上のサービスとは「音のないこと」だと感じたことがあります。プールサイドで水をお願いしようとふと顔を上げると足音も立てずに瞬時に歩み寄ってくるスタッフの身のこなしはとても優雅で、レストランで食事をサーブされる時には食器の音さえ聞こえません。頭の中で「ことり」という音の文字が浮かぶのだけれど実際には音がしない。音を立てない動きは丁寧で洗練されていて美しく、サービスを受ける方もとても心地の良いものだと心に深く刻まれました。余計な音のない場所での波のさざめきががどれほど気持ちの良い音だったかは言うまでもありません。この”音なき音”こそ”最高の音”であるとその時つくづく思いました。
一方(音楽とは別に)心地のよい音もたくさんあります。たとえば腕の良い職人さんが作業中に奏でる(あえてそう言います)音。「こぉと」施工中に私は幾度もその音を聞く幸運に恵まれました。特に左官工事の職人さんのそれは素晴らしかった。「ざっ」「しゃっ」と軽快で小気味良い音を聞きながらずっとその作業を見続けていたい気持ちになったほど。当然ながら完成した壁は美しく完璧。ここでは最高の”音のある音”の一つに出会いました。その音はアマンキラで記憶に残った最高の”音のない音”とは対極に最高の”音のある音”として同じく私の記憶に残ることになるでしょう。
空間がほぼ出来上がった頃、一人でぼんやりその場所に身をおきながら聞こえてきたのは鶯の澄み切った美しい鳴き声でした。
その時私は音の無い空間にこだわったことが正解であったと改めて悟ったのです。