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2022/05/24

見続けること

少し前のこと。3月末「こぉと春の展示」を開催しました。ギャラリーとは違ったインテリア空間でお茶を飲みながら作品をご覧いただく「こぉと」ならではの企画です。当初「こぉと」はあくまでもプライベートビューイングルームの立ち位置と決め、私はギャラリストではないので展覧会をするつもりは毛頭ありませんでした。アート中之島では参加してくださるギャラリーとがっつり協力体制で作家や作品を決めていきます。ギャラリスト達のお力のお蔭で展示作品のクオリティもとても高く、主催している私としては小さくてもとても良いアートフェアだと自負しています。そのため「こぉと」でのイベント時の展示はアート中之島と関連した作品選定にしようと思っていたのです。一方で気になる若い作家の作品も直接お客様にみていただく機会があればとずっと考えていたのも事実。

展覧会はぜったいやらない頑な姿勢(ギャラリスト達の領域に踏み入るべきではないという思い込み)も少し柔軟になってもいいのではと思うに至ったきっかけは、昨年訪れたベルリン在住の淺野夕紀氏の展覧会でした。作品もコレクションしていてずっと好きな作家でしたが、ベルリンに活動の場を移されてから作品を見る機会もなく、当然ながら最近では彼女の作品を紹介することもままならなかったのです。久しぶりに見た作品はどれも素晴らしくこのまま作品がベルリンに返ってしまうのはもったいないと会場で強く思いました。ちょうどその頃「こぉと」でのイベントについて考えていたところだったので作品をお借りして展示させてほしいとお願いしたのです。彼女からすぐに快諾をもらい数点こちらで預かることになりました。

ただ淺野氏だけの作品数ではイベントを開催するのは不可能です。ドイツに作品を送り返すことを考えると大きな作品を選ぶのも難しくサイズが限られたこともあります。そして淺野さん以外にお声掛けしたのは東京でのイベントでは展示をお願いしたことのある沖見かれん氏と佐藤雄飛氏、そしてその時点でまだ大学院生だった平野成悟氏のお3人。淺野さんの制作キャリアの方が長いのだけれど少しずつ年代が違う作家でもいいのではと考えました。ふとした思いつきから開催したイベントですが予想以上に素敵な展示になり大満足。なにより設営にきてくれた沖見・平野両氏が「こぉと」での展示に手応えを感じてくれた様子にとても嬉しくなりました。

アポイント制のためものすごく大勢の方にご来場いただいた訳ではありませんが、来てくださった方はゆっくり作品を楽しむことができたととても喜んでおられました。中には「アート中之島はまだちょっと緊張するんです」と仰る方もいらして、主軸をアート中之島に置きつつも、それ以外で作品を紹介する機会を増やし大切にしなければと改めて思うきっかけにもなったイベントでした。

イベント期間中に沖見・平野氏にお話会をしていただきましたが、ちょっと気に入ってるんです、この”お話会”の響き。私がいろんな質問をしてお2人に話を展開してもらう感じ。もちろん両氏からすればもっとアートの専門的な質問がほしかったかもしれません。けれど私のイベントではアートを難しいものにしたくないのです。アート業界に入ってすぐに感じたことはアート関係者は「難しいことをより難しく語るのだなあ」ということ。もちろん私の知識不足と頭の程度によるものが大きいのでしょうが、インテリアコーディネーター時代いかにお客様に専門的なことをわかりやすく伝え、簡単に理解してもらうかと心掛けてきた身としてはいささかカルチャーショックでもありました。でも作家たちご本人と話す際には意外に難しい話にはならず(私に合わせてくれているからかしら?)ご自身の制作についての想いなどもざっくばらんに伝えてくれるので、ご参加の皆さんにもそんな空気感が伝わればいいなと考えたのです。

そんな私の問いかけが良かったかどうかはわかりませんが、お話会は大いに盛り上がり聴いてくださった方からも多くの質問が飛び交い楽しくも学びの多い時間となりました。そしてこの場で私の胸を熱くする瞬間があったのです。2日間に渡り「こぉと」に足を運び計3回もお話会をしてくれた沖見氏が「奥村さんがアトリエにきてくださって、、」とか「最初の個展を見てくださって、、」「奥村さんがアトリエの2人展に来てくださった時、、」と何度も言うのです。「そうだった、そうだった」と記憶が蘇ってきてその時に私は強く思いました。私の使命は縁あって作品を扱った作家の仕事をずっと見続けることなのだと。事実、コレクションしている淺野作品の裏を見るとちょうど10年前の作品でした。そう、彼女の作品もずっと見続けているのです。私はアートの世界で何も成し遂げていないけれど、それだけはちょっと自分を褒めてあげたくなりました。彼女たち、彼らの展覧会に足を運び続けること、優しい眼差しを持って変化していく様子を見続けること、ギャラリストにはなれない私だけれどそれだけはできるはず。だってそうしてきたんだもの。そう思うと心の中がほんわりと温かくなって、涙が出そうになったのです。

今も見続けたいと思う作家の数は少しずつ増えていて、もちろんすべての展覧会を見て回ることはできません。特に東京方面となるといくらフットワークの軽い私と言えどそうちょくちょく出かけることは不可能です。けれどその誠意を持ち続けることができなくなったらすぐにでも引退しなければと、ある意味この仕事のクロージング時期まで示唆された気がしました。

若い作家の応援プロジェクトのはずが、私自身いろいろなことに気づかされた「こぉと春の展示」。さらには展覧会とイベントの間のような「こぉと」ならではの展示の小さな小さな可能性を見出すことになりました。








2021/07/23

建具のオハナシ

*「こぉと」計画中に感じたことを様々な切り口のオハナシで綴っていきたいと思います*


「インテリアにおいて一番重要なのは建具かもしれない」薄々気づいてはいましたが(笑)今回の計画でそれは全くもって正しいと確信した気がします。住宅メーカーのインテリアコーディネーターとしてキャリアをスタートさせてばかりの頃はその重要さに気づいていなかったのですが、様々な住宅の建具を見るにつけその存在の大切さを知っていきました。けれど住宅メーカーにおいては部資材はオリジナルを使うことがほとんど。もちろん家具工事として建具を作ることもありましたが、コストがかかる上に納まりの問題なども発生し会社側からはあまり推奨されていなかったのです。そのため建具の重要性を知ってはいるものの、どこかでスルーしてしまうようなところがあって、いろんな知識を積極的に得ることもありませんでした。

今回の計画ではそんなちょっと苦手な建具問題に取り組んでみたいと思っていたところ、インスタグラムで福嶋建具店を見つけ思わず心の中でこう叫んだのです。「これこれ!こんな建具を探していたの!」木製建具に加えこちらが制作している障子の感じもとても素敵。早速ひとともり長坂さんにその旨を伝えたところ、福嶋さんをご存じだったためとんとん拍子に話が進み、こぉとの建具全般をお願いすることとなりました。小さなリフォーム物件ゆえさほどの数の建具がないと思いきや、今回カーテンは使わず障子の計画だったため空間ボリュームの割に建具が多くなることに後から気づくことに。そのため福嶋氏も大変だったでしょう。なにせクライアントは私ですから。

まずは内部建具。これは突板工場まで足を運び、たくさんの練り付け合板突板の現物を見ながら選ぶことになりました。樹種の違いだけでなく選ぶ箇所や組み合わせで様々に表情を変える突板の数々。ずっインテリアコーディネーターとして働いていたにも関わらず新たに知ることばかりで、向こうからオススメしてもらったのは届いたばかりの北海道の材でした。

空間のイメージや好みを伝えると、すぐに見本板を作成してくれます。アイロンでプレスして板に貼り付け圧着。さらにそこからどの部位を除きどこをカットするかをどう合わせていくかなどをチェックして、最後にこちらの社長の絶妙な技と多くの経験から培われたであろう卓越したセンスにより、再度組み合わされイメージどんぴしゃりの見本に仕上がります。このような工程を知らずに長年私はインテリアの仕事をしていたのかと思うと恥ずかしい限りでした。でも間に合ってよかった(笑)。知識を得るのに遅すぎるということはないのですから。

次は外部の建具です。こちらは銘木屋さんに伺って長坂氏と福嶋氏があらかじめ選んでくれていた材を確認しにいきました。見た途端途端一目惚れといった私の様子を見た時の2人の安堵の表情ときたら!和の空間にも、さらには私の持っていたイメージにもぴたりとはまるとてもシックな色味の材は朴の木。その美しさとは裏腹にとても強固な材でまな板や下駄にも使われるのだとか。この材を最初に観た瞬間「出会った」という気持ちになったくらいでした。

さて、福嶋氏をかなり困らせたのが障子でした。どうしてもお願いしたかったのは横の桟が存在しない縦の桟だけの障子。インテリアのプロの方ならこれはかなりリスキーな選択だと気づかれるでしょう。横桟がないと紙が引っ張られて障子自体が歪んでくる恐れがあるからです。小さな面積の障子ならそれほどではないのですが、今回の計画では大きな面積の障子もあり、しかもその障子は空間のアイコンにもなる存在感。横桟のないデザインはそれは美しいのですが、案の定、設置してすぐに反りが発生しました。福嶋氏にとっては想定内ではあったのでしょうか?すぐに細部に工夫がなされ問題は解決。

さらに空間入口にも障子を使用したのですが、縦桟だけでも厄介なのに手がかりとして小さな引手を作ったものだから、反りがここでも発生し開閉に支障をきたすことに。ここからの処理に私は深く感動しました。職人さんたちが工場で考えあぐねた結果、障子越しには見えない(太鼓張りのため)ように細いアクリルの棒を入れることによりそれらを解決してくださったのです。

紙も木も自然素材。気温や湿度でその状態は変わります。デザインを優先させるということは自然に逆らうことでもあります。もし私がコーディネーターの立場だったならば、お客様にお薦めしたでしょうか?おそらくNOでしょう。

福嶋建具店の皆さんには大変ご迷惑をおかけしたけれど出来上がった障子を前に私はニンマリ。福嶋氏や職人さんたちのご尽力に深く深く感謝するのです。

2021/07/19

家具のオハナシ

*「こぉと」計画中に感じたことを様々な切り口のオハナシで綴っていきたいと思います*


オーダーしてから数か月待ち望んでいたラウンジチェアが先日届き、やっと「こぉと」の全ての家具が揃いました。当初の予定ではメインの空間にはポール・ケアホルムのPK80を真ん中に一つだけ設置するはずでした。そこに座って壁のアートを眺める、そんなイメージがずっと頭の中にあったからです。けれど予算を抑えるために大幅に空間の使い方を見直したことから、アートを展示するのもセミナーを開催するのも同じ空間にまとめることに。結果、実際の住空間で楽しむように作品を見ることになってとても満足しています。建築業界に長くいた身としては予算を大幅にカットするには小手先の減額ではどうにもならないことをよく知っています。その一方で予算があるからといって出来上がりに大満足という訳でもないことも熟知しているつもりです。コストに加え余分なものをそぎ落としていくと空間のコンセプトまで明確になっていく、そんなプロセスはとても貴重でかつ楽しいものでした。

さてそのためセミナー用のテーブルや椅子、コーナーに置くラウンジチェアなどが同じ空間に存在することとなり、建築を担当してくださった長坂氏からも家具の情報をいただいたのですが、そこはやはり私のスタイルを貫くことにしました。私のスタイルとはずばりミックススタイル。

シンプルで和のホワイトキューブのような「こぉと」ならば北欧のいわゆる名作家具やイタリアの家具だとスーパーレジェーラあたりがしっくりくるでしょう。けれど予算にも限りがあるし、なによりオサマリすぎてつまらない。そしてぼんやりと頭に浮かんだのが、今回は日本の家具ブランドで決めたい、それに加え修道院にあるようなソリッドでシンプルな椅子の原型といったデザインのものを選びたいということでした。(修道院でどのような椅子を使っているかはよく知りませんが、これはあくまで言葉としてのイメージとご理解ください。)あくまでアートが主役になるような、アートの存在を邪魔しないような、そんな椅子やテーブルです。

その基準で選んでいって最後まで残ったのがタイム&スタイルとカリモクケーススタディの2つのブランド。ご存じの方も多いかと思いますが、後者はデンマークのNorm Architectsというデザインスタジオをディレクターに迎えカリモクが立ち上げたブランドです。この2つのブランドの間で少しばかり悩みました。ただカリモクケーススタディはとても素敵なデザインなのだけれど、どうしてもお家感が強くなってほっこりしそうな気がして。。。普通のお住まいならオススメしたくなるデザインなのですが、今回はビューイングルーム。よってタイム&スタイルに軍配が上がり、その中でも一番シンプルなデザインの椅子とテーブルに決めました。

これらの椅子とテーブルにどんなラウンジチェアをコーディネートするか?もちろん同じブランドで統一するのは絶対にNG。そこでラウンジチェアだけは”名作椅子”を合わせることにしました。そしてここでもハンス J.ウェグナーのCH25とポール・ケアホルムのPK25の2つまで絞りましたがこの2者択一は割と簡単に決まりました。CH25だとタイム&スタイルの椅子とテーブルが木の温かさに引っ張られて、空間にシャープさがなくなってしまう。スチールが印象的なPK25をコーディネートすると良い意味での緊張感といったものが保たれます。なにより背と座面に麻紐が使われているため他の家具ともバランスよく、ほんの少し柔らかい印象を空間に与えることができるだろう、とPK25に決定。ラウンジチェアがパズルの最後の1ピースのようにハマった段階で、「こぉと」の空間が私の頭の中で完璧に完成しました。

インテリアは感性が重んじられるような印象があるかと思いますが、私はどちらかというと理論的なものだと考えています。ミックスインテリアで空間を作り上げる場合は特にです。”混ぜるな危険”のアイテムやスタイルがあって、うっかり混ぜてしまうと有毒ガスが発生してしまう(笑)。素晴らしいインテリアを目にすると、そこにはセンスの良さだけでなく、緻密に計算された足跡のようなものを感じることがよくあります。

さてシンプルさを念頭において選んだ椅子ですが、座り心地がとてもよくテーブルに至ってはカーブのところを触っているととても気持ちが良いとセミナー受講者の皆さんにも大評判。もちろんPK25に座った時の見た目とは相反する安定感も最高です。良いデザインの家具は使い勝手も同じく良いということを改めて実感しました。

「こぉと」の計画で、私は家具選び、そしてそれらのコーディネートの原点に立ち返ったような気がするのです。



2021/03/28

黒と白のオナハシ

*「こぉと」計画中に感じたことを様々な切り口のオハナシで綴っていきたいと思います*

今回のインテリア・コーディネートで一番困ったのは床材。ある程度の古さを残す和空間に床だけ真っ新な板がくるというのはどうにもいただけない。それはどんな材を以てしてもでした。じゃあ、畳?いっそのことタイル?いろんなことを思い浮かべては都度消去し、その繰り返し。

そんな中突然浮かんだのはハタノワタル氏の和紙でした。確か氏のIG投稿で床の施工の話が出ていたはずと、早速建築家長坂さんに伝え、しばらくしてハタノ氏のアトリエを一緒に訪ね話を聞くこととなりました。床壁天井、全てに和紙を使った素晴らしい空間で話をするうちに、益々床に和紙を張りたいという想いが強くなり、施工を正式にお願いすることになったのです。

さて現場での和紙の施工はこんな感じ。壁だと使われる和紙は1枚張りですが、床は2枚張り。そこに柿渋を塗って乾かし、塗装し、最後にガラスコーティング。ここで皆さん「?」と思われるかもしれません。実は私自身も最初に話を聞いた時「?」となったのです。それは「色は現場で塗装するんだ」ということ。てっきりすでに染められた和紙を張っていくものと思い込んでいたからです。現場合わせと聞いて少し安心したものの、実はそちらの方が大変だと後から気づきました。サンプルのようなものが手元にあれば時間をかけてカラースキムに臨めます。しかし現場合わせとなるとよほど強いイメージを持っていなければ短時間のうちに決めるのは難しい。工事工程表のハタノさん施工日程をにらみながら、色決めには慣れっこのはずの私ですが少しプレッシャーを感じてきました。

私のイメージしていたのはアートを反映したとてもシンプルなもの。けれどそれらは自分が手に入れることは不可能で美術館で見ることしか叶わぬアートです。和風の趣を残した空間はできるだけ暗く、照明も最小限の照度に、障子から差し込む光が黒に近いグレーの床を仄かに照らす中、塗り壁には村上友晴氏の作品を。メインの部屋はそこから一転し、柔らかくほんわりとけれど潔い白の空間に仕上げたいわば和風のホワイトキューブ。そして壁にはロバート・ライマン氏の作品を。そんな風にただただ憧れでしかない作品を念頭に置き”黒の空間”から建具を開けた時に現れる”白の空間”といったドラマティックな演出を思い描いていました。さらにこの場合の黒は真っ黒ではなく墨色であること、白も真っ白ではなく暖かな白でなくてはいけません。その微妙な黒と白をハタノさんなら実現してくれると確信していたのです。

けれど最後の段階で長坂・ハタノ両氏と意見が分かれました。私は強く白と黒の世界観にこだわり、お2人はくすんだ白一色で全て統一してはとの意見。これはどちらが間違いという訳ではなくどちらも正解なのだと思います。けれど私はどうしても持たざるアートに導かれたカラースキムを信じたかったのです。

完成した黒と白の色味は完璧で、理想通りの黒の空間と白の空間へと繋がりを作ることができました。ほぼ完成し何度もその場を行き来しながらも今だにほんの少しばかりの高揚感を覚えるほどに私は黒×白の空間を気に入っています。

これからはこの空間でリアルに私のコレクションしている作品やお客様にご紹介したい作品を並べていかねばなりません。

今度は黒と白の画用紙に様々な色の絵具を乗せていくように。



2021/03/13

匙加減のオナハシ

*「こぉと」計画中に感じたことを様々な切り口のオハナシで綴っていきたいと思います*

匙加減のオハナシ

「こぉと」計画が徐々に具体化してきた頃 「こぉと×食」をどう捉えるか?と考えた際に真っ先に浮かんだのは2人の女性でした。私達3人に共通しているのは食べ物の「素」に強いこだわりがあるということ、そして毎日の食事は大切にするけれど、極力シンプルにという信念を持っていることです。「凝ったお料理は外でいただけけばいいよね」と完全に割り切っていることも共通項。「こぉと」では2人のお料理を味わってもらい、彼女たちの料理に対する理念を皆さんと分かち合いたいと、プロジェクトに参加してもらうことになりました。

ある日3人で「こぉとなごはんてなんだろう?」 そんな話になった時に自然に出てきた言葉は「匙加減」。ほんのちょっぴりの匙加減で味が決まったり、ぼんやりしたり。そんな匙加減の大切さは食以外にも当てはまる気がします。日々の暮らしの中、ちょいど良い頃合いの匙加減を心得ることで、衣食住すべてのセンスがピリッとしまります。アートと暮らすその先を提案する「こぉと」ではまさにその匙加減がとても大切。そんな話から2人のケータリングユニットの名前に「匙」という単語を入れることになりました。そしてアートアドバイザーの私が提案するライフスタイルに寄り添ったごはんにしたいという彼女たちの申し出から「et saji」と名付けることになったのです。

何年も前のお鮨屋さんのカウンターで耳にしたやり取りが実に面白く今でも忘れることができません。何席か向こうにいた男性客が「大将、プロと素人の違いはなんや?」と突然尋ねたのです。「あら、なんて直球ストレートな質問なのかしら」と思わず聞き耳を立てたてたころ、間髪入れず返ってきた返答に「なるほど」と思わず膝を打つ思いでした。

「プロは味がずっと同じ。素人の怖いところはたまにプロを上回るものを作る。でもそれはずっとは続かない」

それ以降自分が作った一品が会心の味に仕上がった時も必ずその言葉を思い出します。そしてその言葉通り2週間後に同じ献立を作っても同じにはならない。そんな時は味が再現できずがっかりしつつも、やっぱり私は素人なんだとクスリと心の中で笑ってしまうのです。プロは安定した匙加減を持続するから同じ味を造り続けることができるのですね。けれど一方で気分に合わせて匙加減を調整できるのも素人料理の良さかもしれません。プロの匙加減は美味しさを追求するため毎日の献立には塩辛かったりしますもの。

やり過ぎず、自分たちなりの匙加減をわきまえつつ、新鮮な明日香の野菜を使った「こぉとなお弁当」やら「こぉとなケータリング」 そんな料理を彼女たちと作っていけたらと考えています。頭を柔らかくいろんなアイデアも取り入れつつつ根っこのところはシンプルに。地味なりに一捻り、派手さはないけどこだわりのある、それが私の考える理想の食の形。料理に作り手の心持ちなども反映できればなお嬉しい。

「こぉとな匙加減」を皆さんと共有できますように。